結局精神論。

結局精神論。

こんばんわ片岡自動車工業マンです。

先日は舞台美術の打ち合わせで西本さんと。観劇終わりで都合をつけてくれた西本さんは旗揚げ公演「ゼクシーナンシーモーニングララバイ」の美術を担当していただいて、今回もやってもらいます。新作目掛けて、練り続けてる世界観やシナリオを説明。怒濤の勢いでメモを取る西本さん。プランが稽古始まりまでに一度見れる算段。準備は早いに越した事はないし、準備のし過ぎって事なんてないからなぁ。

準備不足のせいで昇華しきっていない作品を見ると関わっていなくても悔しくてしょうがなくなる。劇団時代もそう言う事わりとあったしなぁ。クリエイティブな分野でも追求はしたいけど、色んな作品の再演に出演させてもらったり、自分自身も再演をしたりすると、予めイメージがあるのとそうでないのとでは、大きな差がある。評価されてるんだから再演するんだから、その時点ですでにある程度の面白さは保証されてるといっても良いんだけど、あれれ、最近再演のはずなのになんでこんなに完成度低いの!?ってものばっかり見てしまって、良くも悪くも身が引き締まる思いだ。

新作を打つにあたって。
チャレンジスピリッツは忘れちゃいけないんだけど、見やすさとか表現の伝導率で手は抜きたくない。新しい事もしたいけど、乱暴な事はしたくない。みたいな、今回も色んな表現方法を、僕の作品によっこいしょ!ってして、お届けしたい。そして一人でも多くの方に観て頂きたいわけでして。

そんな中で、まだ稽古も始まってないけれども、色んなトラブルがすでに起こっていて、やべぇ、こんなものあと一月でも遅く起こってたら怒髪天を突く状態になりそうなんだけど、まぁまだ余裕があって良かったよ。

いい舞台作品はたくさん打ち出されるべきだけど、自分がステージやるんだって思ったら、その時点で、観に来て頂くお客さんの人生のうちの数時間と、出演者の人生の一月以上は、自分が拘束してるんだって戒めにも似た気持ちで、見て良かった、関われて良かった的な、わりと明確な目標があって、他はそうじゃないかもしれないけど、自分はそうでありたい。いつまでできるかわかんないけど、たぶん、それが一人ユニットを立ち上げた理由の一つだ。

例えば、今回も出演していただく満月動物園の河上さんにしたって、僕なんかがわざわざお声かけしなくたって、うちの稽古してる時間を使えば、河上さん主演で、満月動物園の公演が一本出来る可能性をね、うっちゃってるわけですよね。そりゃ満月動物園では見れない河上さんに立っててもらいたいじゃないですか。そして観てくれたお客さんの一人でも、河上さんの魅力に惹かれて、満月動物園の公演を観に劇場に足を運んでもらいたいじゃないですか。

マネージャーもプロデューサーもいないからって卑屈になるんじゃなくて、「この芝居はゼッタイおもしろいから観に来て下さいよ」って月並みな言葉を並べるんじゃなくて、まぁそれはそれでするとして、もっとこう「なんでやってんのよ」って聞かれても、胸張って蹴散らして行くくらいの雰囲気ですよ。

全部精神論ですけどね。
悪くないんじゃないですか。精神論も。そこらへんの屁理屈よりも好きです精神論。とにもかくにも人事を尽くします!

あ、また書きます。