デリカシーをやっつけろ。

デリカシーをやっつけろ。

もうすぐ華の40歳が終わりそうな夏の入り口。
RABBIT HEART PROJECT「THE 20回転の恋」の稽古。今回の稽古ではここまでの楽しいだけではない一面に遂に突入した。集団にとっては必要な痛みとも言えるし、このあたりのネジが緩んだまま創作が続く方が危険だ。と言うか昨今の創作現場は基本馴れ合いが多い。常々思っているけれども「飽和状態」が続いている。心の中でその言葉が事ある毎にこだましていて、割とどこに行っても馴れ合いばかりを目にしていたので、自分の考えが時代や大衆と合わないのかと思っていたけど、そうではなかった。お世話になっている先輩と久しぶりにお会いした際、先輩の口から「飽和状態」と言う言葉が飛び出した。

創作の現場で友達作りが始まったらもうおしまいじゃないか。劇場に足を運んでくださる観客へどれほど鋭利な作品をお届けするか、どれほど高いクオリティーでお届けするか、と言う検討よりも、身内同士での褒め合いを世界発信し続ける時代になってもう随分経つ。感覚はいつの間にか麻痺していて、創作に熱を入れようものなら「熱くてしんどい」だの「昔のやつね」みたいな扱いをされる風潮。そうじゃない人たちはずっとそうじゃないんだけど、もう劇場も汚して帰るし、稽古場へのリスペクトも本番や、自分に与えられた役への探究心も浅く、またそんな志の低い連中を見て育った若手が、まるっきり魂の篭っていない音程だけの台詞回し、立ち位置の整理だけした演出、大きな音楽が流れれば合わせて踊る発表会が本当に続いている。舞台芸術って言葉はただの言葉になってしまった。

やっぱりRABBIT HEART PROJECTにも低温火傷をしそうな低い熱意を浴び続けて鬱屈して外側だけが成長してしまった自称経験者がいる。初舞台の者よりもタチが悪く、何を言っても響かない。暖簾に腕押しのような感覚が続くが、RABBIT HEART PROJECには、真摯に取り組むメンバーもたくさんいて、これからは意識の低い者へのサルベージが始まりそうだ。ここでとても頼もしい存在は、いろんな現場で挫けた経験を持つ者たちで、彼ら彼女らはやっぱり芯が強い。悔しかったら努力するし、稽古にも限度がない。礼儀もある。

で、ピンと来ていない者へはもうショック療法しかないんだけど、この方法、すでに必要ない覚醒者にも敏感に届いてしまうほどのショック力があるので、心の中の整理がつかなくなる。恐ろしい事に、ピンと来ていない者へ放った言葉で、巻き込まれている覚醒者たちには十二分に届いていると言うのに、当の本人にはまだ響かない。もうこうなったらデリカシーやモラルを踏み越えて、一般生活では飛び交わない言葉をぶつけるしかなくなる。でも舞台空間自体、日常の中にはなく、ありとあらゆる危険が潜んでいる上、ミスだってする。覚悟の甘い者ほど、ミスしても「次直そー」みたいな軽い感じで失敗事実を軽視する。でもそのステージしか見ていないお客さんへは100%の失敗作を披露しちゃってるんだぜ。それってもう取り返しが付かない事なんだけど、自分たちだけはなぜか根拠もなく永遠に、何度もチャンスが巡ってくると勘違いしている。

おれが考える創作現場はそうじゃないし、まだまだやれるんだから、気も手も抜けない。抜かない。面白い演目に挑戦してるだけに本当に成功させたい。舞台上には自分はいないので、稽古場で出来る事を全てやる。

稽古終わりにBANZAI FILMSの監督が来てくれて、男子だけで映像テスト。ちょっと面白い事をしてくれる。明日稽古の終わりに撮影。まだまだ面白い事への欲望、羨望、渇望を噴き出しながら生き急ぐ連中だっている。みんなもなれる。意識次第で、明日からではなく今日から、今日の夜ではなく今この瞬間から。あっという間に目に光が宿るはず。

仲良くなれるかどうかは、それからの話だ。