逆行。

逆行。

おれです。暑いんだか寒いんだかよくわかんない季節ですね。せっかく出した冬服、どうしたらいいんだか。

最近毎日通る場所。毎日いる時間。夕暮れ時は足が止まる。ビルの窓が夕日色でイカしてる。深夜も好きだけど、この昼から夜に入る瞬間、町の人も自転車でそれぞれの家に帰っていく中で、寄り添うように街頭が点灯しはじめていることに、見上げてないと気付きもしない。電車からも仕事で疲れたサラリーマンたちが降りてきて家路につく。日常の中でみんなの行動が少しだけ一致しそうになるこの瞬間、夕日は刹那的で美しかったりするね。

なんでこんなポエティックな事を書くのかというと、夕日が「何億年先でも」の中で最も重要なポイントであり、そんな当たり前の日常を切り取ったお話だからです。

お話はファンタジー。これでも。思いっきりファンタジーを書いてみようと思って書いた。劇団解散公演の「ほらふき王女バートリー」以来、初だ。おれの正統派と思うファンタジーはここにあると思う。ファンタジー作品を散々演出し続けてきたおれが、当時から一番気をつけていた事はリアリティだったりもする。ジブリッシュな世界観の中に、演劇として、いや、おれとして出来る最大のアプローチは、現実味を織り交ぜる事だった。

ほんの少しだけでいいから共感できる部分を作りたかった。じゃないとデフォルメしておしまいだったから。

で。

長らく「ファンタジーの中に現実を取り込む作業」としてきたおれが、この芝居では「現実の中にファンタジーを取り入れる作業」をしてみた。谷野まりえちゃんに絶対合う作品をと色々考えての事だけど、実はおれ自身もこの作品で、自分のフォーマットに改めて気づいたりした。

最近流行っている演劇とはまるで逆行するかのようでもあるけれど、おれはこういうものが好きなんだ。しょうがない。

「ゼクシーナンシーモーニングララバイ」も「名探偵青島青子」も「お母さんがゾーマ!」もそうだったように。おれは演劇の力で、現実からファンタジーな世界へお客さんと一緒にダイブしたいのだ。「何億年先でも」は間違いなく連れていけるとおもいます。夕暮れに溶け込んだ街並の向こう側のファンタジーへ。

先生。おれはまだまだ自分自身の事を知らなくちゃいけないみたいです。

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